礼拝

ekureshia2006-07-09

ヨハネ福音書2章12節〜25節(言葉の内側)


その後、イエスは母や兄弟たちや、弟子たちといっしょに

カペナウムに下って行き、長い日数ではなかったが、そこに滞在された。

ユダヤ人の過越しの祭りが近づき、イエスエルサレムに上られた。そして、

宮の中に牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たちがすわっているのを

ご覧になり、細縄でムチを作って、牛も羊もみな、宮から追い出し、

両替人の金を散らし、その台を倒し、また鳩を売る者に言われた。

「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家としては

ならない。」弟子たちは「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」

と書いてあるのを思い起こした。そこでユダヤ人たちが答えて言った。

「あなたがこんなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せて

くれるのですか。」イエスは彼らに答えて言われた。

「この神殿をこわしてみなさい。わたしは三日でそれを建てよう。」

それで、ユダヤ人たちは言った。この神殿は建てるのに四十六年

かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」

しかしイエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。

それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、

エスがこのように言われた言葉を思い起こして、聖書とイエス

言われた言葉とを信じた。イエスが、過越しの祭りの祝いの間、

エルサレムにおられたとき、多くの人々がイエスの行われた

しるしを見て、御名を信じた。しかし、イエスは、ご自身を彼らに

お任せにならなかった。なぜなら、イエスは全ての人を知って

おられたからであり、またイエスはご自身で、人のうちにあるもの

を知っておられたので、人についてだれの証言も必要とされなかった

からである。



***今日の箇所のテーマは言葉の内側・・・です

   最初のほうにイエス様の別の一面をみるような場面がありましたね

   心の優しいイエス様がこのときはとても激しく乱暴と言える

   行動をしています。私たちがここで学ぶことは表に見える行動や

   表に聞こえる言葉から、その奥にある意味を感じ取ることの

   できる人間になることが大切である・・・ということだと思います

   イエス様が言われた神殿を三日で建てると言った意味も

   実際の建物と受け取っていましたから、その内側を感じることは

   できませんでした。私達に必要なものは、言葉の内側を見通す

   力だと思います。表面に飛び交う言葉でいかに多くの人が

   誤解をし、ねたみ、非難をし、人間関係をおかしくしている

   ことか・・・言葉の内側にある心を感じることのできる

   人間になること・・・・これが平和のキーポイントです。