礼拝
ローマ人への手紙2章1節〜14節(神の裁き)
ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人を
さばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行
なっているからです。私たちは、そのようなことを行なっている人々に下る神のさばきが正
しいことを知っています。そのようなことをしている人々をさばきながら、自分で同じこと
をしている人よ。あなたは、自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。そ
れとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛
容とを軽んじているのですか。ところが、あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえ
に、御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現われる日の御怒りを自分のために積み上
げているのです。神は、ひとりひとりに、その人の行ないに従って報いをお与えになります
。忍耐をもって善を行ない、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与
え、党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。患
難と苦悩とは、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、悪を行なうすべての者の上に下り、栄光
と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、善を行なうすべての者の上にあります
。神にはえこひいきなどはないからです。律法なしに罪を犯した者はすべて、律法なしに滅
び、律法の下にあって罪を犯した者はすべて、律法によってさばかれます。それは、律法を
聞く者が神の前に正しいのではなく、律法を行なう者が正しいと認められるからです。――
律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行ないをするばあいは、律法を
持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。
***神はえこひいきなさる方ではありませんと書かれてありますが、この中でいうえこひいき
はこの世の人が考えているえこひいき・・・とは違うのです。それを深く考えてみましょう。