礼拝
わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたに
お与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるために
です。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることが出来ません。
世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を
知っています。その方はあなたがたと住み、あなたがたのうちにおられるからです。
わたしはあなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしはあなたがたのところに
戻ってくるのです。いましばらくで世はもうわたしを見なくなります。しかし、
あなたがたはわたしを見ます。わたしは生きるので、あなたがたも生きるからです。
その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたに
おることが、あなたがたにわかります。わたしの戒めを保ち、それを守る人は、
わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を
愛し、わたし自身を彼に現します。イスカリオテでないユダがイエスに言った。
「主よ。あなたは、私たちにはご自分を現そうとしながら、世には現そうとなさらない
のは、どういうわけですか。」イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する
人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちは
そのところに来て、その人とともに住みます。わたしを愛さない人は、わたしのことばを
守りません。あなたがたが聞いていることばは、わたしのものではなく、わたしを遣わした
父のことばなのです。このことをわたしは、あなたがたといっしょにいる間に、あなたがたに
話しました。しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、
あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを
思い起こさせてくださいます。わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしはあなたがた
にわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。
あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。わたしは去って行き、また、
あなたがたのところに来る。」とわたしが言ったのを、あなたがたは聞きました。あなたがた
は、もしわたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くことを喜ぶはずです。父はわたし
よりも偉大な方だからです。そして今わたしは、そのことの起こる前にあなたがたに話しました。
それが起こったときに、あなたがたが信じるためです。わたしは、もう、あなたがたに多くは
話すまい。この世を支配する者が来るからです。彼はわたしに対してなにもすることは出来ま
せん。しかしそのことは、わたしが父を愛しており、父の命じられたとおりに行なっている
ことを世が知るためです。立ちなさい。さあ、ここから行くのです。
***イエス様が私たちにくださる平安はこの世の平安とは違うということを、心から体験する
ことができたとき、私たちの恵の泉はわき出てやむことのない平安の雨が降りそそぐ
ことでしょう。このページを読んでくださるすべての人の上に祝福がありますように・・・