礼拝
コリント人への第2の手紙1章13節〜24節( 信仰の畑)
私たちは、あなたがたへの手紙で、あなたがたが読んで理解できること以外は何も書いていません。そして
私は、あなたがたが十分に理解してくれることを望みます。あなたがたは、ある程度は、私たちを理解して
いるのですから、私たちの主イエスの日には、あなたがたが私たちの誇りであるように、私たちもあなたが
たの誇りであるということを、さらに十分に理解してくださるよう望むのです。この確信をもって、私は次
のような計画を立てました。まず初めにあなたがたのところへ行くことによって、あなたがたが恵みを二度
受けられるようにしようとしたのです。すなわち、あなたがたのところを通ってマケドニヤに行き、そして
マケドニヤから再びあなたがたのところに帰り、あなたがたに送られてユダヤに行きたいと思ったのです。
そういうわけですから、この計画を立てた私が、どうして軽率でありえたでしょう。それとも、私の計画は
人間的な計画であって、私にとっては、「しかり、しかり。」は同時に、「否、否。」なのでしょうか。し
かし、神の真実にかけて言いますが、あなたがたに対する私たちのことばは、「しかり。」と言って、同時
に「否。」と言うようなものではありません。 私たち、すなわち、私とシルワノとテモテとが、あなたがた
に宣べ伝えた神の子キリスト・イエスは、「しかり。」と同時に「否。」であるような方ではありません。
この方には「しかり。」だけがあるのです。神の約束はことごとく、この方において「しかり。」となりま
した。それで私たちは、この方によって「アーメン。」と言い、神に栄光を帰するのです。私たちをあなた
がたといっしょにキリストのうちに堅く保ち、私たちに油を注がれた方は神です。神はまた、確認の印を私
たちに押し、保証として、御霊を私たちの心に与えてくださいました。私はこのいのちにかけ、神を証人に
お呼びして言います。私がまだコリントへ行かないでいるのは、あなたがたに対する思いやりのためです。
私たちは、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの喜びのために働く協力者です。
あなたがたは、信仰に堅く立っているからです。