礼拝
マタイによる福音書13章33節〜43節(正しい者)
イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女がパン種を取って、三サトンの粉の中に
入れると、全体がふくらんで来ます。」イエスは、これらのことをみな、たとえで群集に話され、たとえを使わずには何もお
話にならなかった。それは預言者を通して言われた事が成就するためであった。「わたしはたとえ話をもって口を開き、世の
初めから隠されていることどもを語ろう。」それから、イエスは群集と別れて家にはいられた。すると弟子たちがみもとに来
て、「畑の毒麦のたとえを説明してください。」と言った。イエスは答えてこう言われた。「良い種を蒔く者は人の子です。
畑はこの世界のことで、良い種とは御国のこどもたち、毒麦とは悪い者のこどもたちのことです。毒麦を蒔いた敵は悪魔であ
り、収穫とはこの世の終わりのことです。そして刈り手とは御使いたちのことです。ですから毒麦が集められて火で焼かれる
ように、この世の終わりにもそのようになります。人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不
法を行なう者たちをみな、御国から取り集めて、火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。そ
のとき、正しい者たちは、天の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。
***世の中の善と悪は紙一重です。どんなに正しいと思える人でも、生きている限り、悪からの誘惑が密かに忍び込んで
わからないうちに、悪の道に引き込まれてしまうのです。そうならないようにしっかりと神様に祈り、惑わされない
生活をしていきましょう。